資料紹介−文献
【書簡】(ドイツ語)Hrsg. von Sieghard Brandenburg. Beethoven. Briefe. Band1-7. Henle, Muenchen 1996-98
ブランデンブルク編『ベートーヴェン書簡集』1−7.
近年のベートーヴェン研究における最も重要な刊行物のひとつが、(新)『ベートーヴェン書簡集』です。当文献コーナーは、この資料紹介によってスタートしたいと思います。
ベートーヴェンの人と音楽を理解するうえで、手紙を読むことは欠かせない作業です。生涯にわたって数多く書かれていること、受信者が多岐にわたり、内容も、"恋文"から楽譜校正まで多種多様であること、さらに手紙そのものの特徴として、書き手(ベートーヴェン)のメッセージがつねにストレートに表れていることがあげられます。
ベートーヴェンの書簡集ははやくから出版されてきました。ノール(1865年)、プレリンガー(1906-11年)、カリシャー(1906-08年)、カストナー/カップ(1923年)、アンダーソン(1961年)、フィッシュマン(1970-86年)、アルフブレヒト(1996年‐)が知られています。しかしドイツ語オリジナル版は、じつはカストナー/カップ編のものでとどまっており、広く普及したアンダーソン編と新しいアルブレヒト編は英訳、フィッシュマンもロシア語訳です。批判的な校訂作業をへた「正本」としての、オリジナルの復刻が待たれていたことはいうまでもありません。
こうした状況のもと、ボンのベートーヴェン・アルヒーフ所長ブランデンブルク氏によって校訂・編集されたのが、この(新)『ベートーヴェン書簡集』です。その精密で質の高い校訂作業は、新ベートーヴェン全集の母体であるアルヒーフを拠点としてこその成果といえます。
(新)『書簡集』は全8巻からなります。第1-6巻「手紙」、第7巻「索引」、第8巻「裁判書記録・サイン帳記入など手書き資料」です。第8巻は未刊ですが書簡集としては最初の7巻で完結。その評価はすでに高く、いまやベートーヴェン研究における不可欠の資料となっています。それでは主な特徴をのべましょう。
1)収載された手紙は2292点。他の発信者152名による536点が挿入されているのが特徴。ベートーヴェンの手紙も1756点と多い。カストナー/カップ編の1474点と比較すれば数の多さが理解される
2)内容・紙・筆跡の鑑定により、日付不明の手紙の年代が検証し直され、一部に新しい年代が与えられた。
3)各手紙に付された注解は、最新の資料調査に基づくもので、情報の信頼性が高い。
4)第7巻「索引」には、発信者・受信者リスト、手紙文冒頭など一般的な索引のほか、先行の3つの書簡集との対照表が付され、利用のためのケアが注目される。
5)付録として1809年と1824年のウィーンの地図2点(ファクシミリ)が添付。住居など現在地図から追跡できない当時の状況を知ることができる。
6)CD−ROM版の刊行。
7)従来知られてのいなかったベートーヴェン周辺人物の画像の挿入。
以上のうち1)についてはいうまでもありませんが、さらに2)と3)の意義を強調しておきましょう。これによってベートーヴェンの転居時期が従来の説から一部変更されるなど、伝記に及ぼした影響は少なくありません。またCD-ROM版はこういった文献資料では必携でしょう。画面でみる鮮明な「ベートーヴェン肖像」は楽しいです。
第8巻の刊行時期は未定ですが、伝記研究、とくに受容史研究から大きな期待がよせられています。(藤本一子)
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