資料紹介−文献
【作品解説事典】(ドイツ語)Hrsg.von Riethmueller / Dahlhaus / Ringer. Beethoven Interpretationen seiner Werke.2 Baende.Laaber 1994/1996(2).
リートミュラー/ダールハウス/リンガー編『ベートーヴェン 作品解釈集』2巻
タイトルからは、難解な解釈本がイメージされますが、書物のスタイルとしては、「作品解説事典」と考えればわかりやすいでしょう。基本的な作品データと分析・解釈などが記された、作品解説集です。この種の書物は日本ではお馴染みですが、欧米では珍しい試みで、20世紀末までのベートーヴェン研究の成果が注がれた文献として、見逃すことができません。編纂者はリートミュラー、リンガー、ダールハウス。ダールハウスは20世紀後半を代表する音楽学者で、この書物でも構想において刺激的な役割をはたしていました。しかし作業半ばで病に倒れ、希望していた《ディアベリ変奏曲》《第9》ほかの執筆を実現しないまま、1989年に他界しました。編纂作業はリンガー(英語原稿の校閲)と、リートミュラー(ドイツ語原稿の校閲)にゆだねられ、フランクフルト大学音楽学研究室とベルリン自由大学音楽学研究室を拠点にすすめられました。
それでは、以下にこの書物の特徴をあげておきます。
1)ベートーヴェン「作品そのもの」に関して20世紀後半の音楽学が語るべき事柄を記述。
2)ベートーヴェンの完成したほぼ全作品すなわち約200作品を対象とし、作品番号付き[Op]と作品番号なし[WoO]を順次配列。
3)分析と解釈の方法は本来、多様であるはずという理念のもとに、執筆者と分析方法が多様であるよう配慮されている。
4)このため、ベートーヴェン研究に携わる研究者を対象に、アンケート方式で国際的に広く執筆希望を募り、約70名の研究者が参加。
5)分析や解釈の方法は執筆者にまかされ、記述スタイルも統一されていない。
6)記述を簡略化するため、冒頭に「作品データ」を統一的書式で記載。スケッチを含め自筆資料の有無および所在データが記されている。
以上の特徴をみるだけで、注目すべき書物であることが理解されるでしょう。
さて、本文はドイツ語で書かれており、日本の愛好家にとって敷居が高いことは疑いえないのですが、あえて当ホームページでご紹介する意図の一つは、「作品データ」にあります。ベートーヴェン作品に関する情報は、これまでキンスキー=ハルム編『ベートーヴェン作品目録』(ヘンレ社1955年)に依拠してきましたが、すでに47年を経過。目下、改訂新版(2004年)にむけて準備作業がなされているところです。したがってこの「解説事典」を通して、1996年段階のものであれ、作曲年代や自筆資料に関する新情報が得られることは、きわめて大きい意味があります。
執筆陣も魅力です。例えば後期ピアノ・ソナタ第30-32番は、ピアニスト・作曲家キンダーマンが執筆。第30番についてはA.ブレンデルも独訳に参加。演奏家の視点が意識される一方で、《ミサ・ソレムニス》はクルト・フォン・フィッシャーといった様式研究の大家が担当するなど、バランスが考慮されています。
構造分析に加え、近年の研究をふまえた受容史的視点も豊かで、《遥かな恋人によせて》Op.98の主題旋律の詳細な作用史への言及(レイノルズ執筆)、《スコットランド民謡》Op.108の複雑な資料状況の整理(K.バンパス)は特筆されます。
さて、多彩で自由な執筆を促す編集方針は、一方で内容水準に若干の差を生じることにもなりました。しかし各解説とも先行研究がしっかりと押さえられており、脚注方式の註釈と精密な文献表は専門家への重要なガイドとなるはずです。同出版社では、続いて『シューマン 作品解釈集』を準備中とのこと。こちらも期待されます。(藤本一子)
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